2006年02月28日

事実と真実

ちょっと前のエントリに追加して書いてみます。

「事実」というのは常に一つで、それは分析すると本当にただ一つ一つの事象の連なりにほかなりません。しかし、「真実」を知ろうとする人がこれらを伝えようとするほど、「こうあってほしい」「こうなんじゃないか」「こういうときはだいたいこうだ」という希望や憶測や経験則が混じって、様々な観点で伝えることになります。
結果、事実は一つなのに、語る人によって「真実」が増えるというおかしなことになります。よく推理ドラマなんかだと「真実は一つだ!」と探偵役が言ったりしますが、おそらくそれは「客観的真実≒事実」ということなんだと思います。
MoEの個人情報流出に関しても、うがった見方をしてしまえば、事実をユーザーに正確に伝えていなかった時点で「何らかの隠蔽の意思が働いたのではないか」と思われかねないですが、社内の調査が進まなければその事実自体も見えづらい場合がありますので、これについては何とも言えません。

あるところから聞いた話なのですが、サービスをしているサーバーにトラブルが発生したときに、当然ながらユーザーに対して告知をするわけですが、その時点で上から圧力がかかったというのです。
「技術力がないと見られる」「サイトの告知欄がトラブル謝罪だらけになるのはみっともない」「アクセスが多いから障害が発生していることにしておけば、人気があると勘違いしてもらえる」という突っ込みどころの多いトンチンカン発言に対し、担当者が「ユーザーに今発生していることを正しく告知するのが本分だ」と訴えてみても上は聞く耳をもたなかったそうです。
しかしその後、告知が行き届かなかったためにクレームが嵐のように届くと「どうして告知を出さなかったんだ! ユーザーを失っちゃうじゃないか!」というような内容で上から怒られたとか。

こういう倫理観ではさすがに「有り得ね〜!」と笑ってばかりはいられませんね。トラブルは、発生した時点で技術力の有無もへったくれもないわけですし(トラブルの発生は技術力の有無と関係なく、人的ミスや防ぎようのないものである場合も多いわけです)、その時点で離れていくプレイヤーがある程度出てしまうわけですから、まず「事実」というものを受け止めて、それを開示することを怖れないということが必要だと思います。

以前の会社で、サーバートラブルがあったときに当時の社員が教えてくれました。「ゲームにログインできないときのプレイヤーは、例えるなら、待っている電車が遅れているときと同じなんです」と。確かに、電車のホームで「いつ来るのか」と待っている状況は自分にもよく起こります。「何が起こっているのか」「(事故なら)復旧するのかしないのか」「いつ乗れるのか、動くのか」というのが開示されない状況というのは、自分に関わるものであればあるほど、とてもイライラするものです。

「ユーザーの気持ちになってしまう」と運営の本質を見失ってしまいますが、「ユーザーの立場で考える」ことは十分必要なことだと気づかされた一言でした。全てにおいて、完璧な対応ができるかどうかということは、その問題に直面しなければなかなか予測できませんが、せめて、開示していくようにしたいです。
[ブラキン] [天道] posted by 塩肉(Sionic) at 20:30 | TrackBack(2) | ゲーム
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トラブルの対処とユーザーの気持ち
Excerpt: ハイファイブの社長 澤さん(塩肉さん)のプログから。 この記事と前の記事に、元運営に関わられたならではの興味深い記事が掲載されていますね。 ネトゲナウブログ: 事実と真実 Maste..
Weblog: Yanのプリ日記
Tracked: 2006-03-02 11:55

事実と真実の見方
Excerpt: 萌えるぜ、塩肉さーーん! TB先のネトゲナウブログの塩肉(Sionic)さんの発言の最初の段落。 これは正に私が強く、本当に強く内心長年思っていた事です。 事実は一つだけど、真実なんて人の数だけ..
Weblog: 日々是廃
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